細胞内の全てのタンパク質は、セントラルドグマにおける翻訳という過程を経て、リボソームで合成されます。近年、リボソームで合成途上の新生ポリペプチド鎖(新生鎖)が、翻訳過程の単なる中間体であるだけでなく、さまざまな生命現象に関与することがわかってきています。また、タンパク質合成量の厳密な制御には、転写過程だけでなく翻訳過程での制御も重要であることも明らかになってきました。しかし、新生鎖の化学的な実体である細胞内の「ペプチジルtRNA」のみを網羅的に濃縮して検出・同定する一般的な方法はありませんでした。本論文では、ペプチジルtRNAがペプチドとRNAの両方の性質を持つことを利用した濃縮法である「PETEOS法」を考案しました。このPETEOS法により、濃縮したペプチジルtRNAを同定し、細胞内の翻訳状態の状態を大規模に捉えることを可能にしました。さらに応用例として、大腸菌の熱ショック応答などでの翻訳状況の変化を確認することにも成功しました。
本成果の概要は東工大ニュースをご覧ください。
→ 東工大ニュース「タンパク質合成途上の新生鎖を網羅的に検出する手法の開発」
論文情報
掲載誌 :
Nucleic Acids Research
論文タイトル :
A method to enrich polypeptidyl-tRNAs to capture snapshots of translation in the cell(和訳:細胞内のタンパク質翻訳のスナップショットを得るためのペプチジルtRNA濃縮手法の開発)
著者 :
Ayako Yamakawa, Tatsuya Niwa, Yuhei Chadani, Akinao Kobo and Hideki Taguchi
DOI: 10.1093/nar/gkac1276 (オープンアクセス)
2021.05.12
目で見るRFPタンパク質フォールディング実験
2024.01.14
米国土産で作成した「生命のセントラルドグマ」
昨年3月にアメリカ出張に行った際、NIHに立ち寄った。NIHはNational Institutes of Health(アメリカ国立衛生研究所)の略で、ワシントンDC中心から30分ほどのところにある米国最大の生命科学の研究機関だ。私のような生命科学に携わる人間なら、以前からよく聞く機関で、ポスドクも含めて日本人も多くいる。最近では、アメリカでの新型コロナウイルス対策のヘッドがNIH内のお偉いさんであるアンソニー・ファウチ博士だったので日本のニュースでも名前が流れていた。NIH内部を案内してもらい、本館みたいなところにあるショップに立ち寄ったらいくつか興味深いモノがあった。一つはファウチ博士のバブルヘッド(頭がぶるんぶるんと動くコミカルな人形)。あちらでのファウチ博士の人気(?)がよくわかる(日本で言えば尾身茂さんのバブルヘッドが売り出されただろうか?)。もう一つがRNAのぬいぐるみ(?)である。これはGIANT microbesシリーズで、今までもDNAとかプリオン(狂牛病)なんかをCold Spring Harbor(CSH)研究所のショップで購入したことはあるが、RNAは初めて見た。RNAと言っても、要はメッセンジャーRNA(mRNA)である。一般の方には、RNAはDNAより知名度が劣っていたので以前は商品になっていなかったが、新型コロナウイルスのワクチンでmRNAが使われて、その名が浸透したので売り出したのだと思われる(もしくは前からあったとしても前面に出した)。既にDNA「ぬいぐるみ」は購入済みだし、タンパク質のおもちゃも多数ある。そこで、生命のセントラルドグマを作ってみた。 キレイにできた。タンパク質は、確かMOMAショップで売っていたネックレスを切ったものだ(ということを講義とかオープンラボみたいなところで披露すると失笑が漏れたり、子供の中には記憶に残ることがあるようだ。ただ、環状のタンパク質がない、というのは実はけっこう深いことなのだ。それこそ、セントラルドグマの仕組みを考えると納得がいく部分もあるが)。 それはさておき、このDNAとRNAを比較すると、性質の違いが見えてくる。そう、DNAは二重らせんだが、mRNAは一本鎖である。あと、この写真から塩基部分についての情報も一部得られるのがわかるだろうか。DNAでは青ー白、黄ー赤(黄赤は隠れているが)がペアになっているということは・・・。DNAのATGCの4塩基の中でT(チミン)はmRNAではU(ウラシル)が使われるから、青:A緑:U白:T黄ー赤:GーCかC-Gのどちらかとわかる。・・・どうでもいい脱線であった。さらにバリエーションを加えてみよう。まずは、私の専門のタンパク質のフォールディングやプリオンを参加させてみた。フォールディングしたタンパク質もいくらでもある。さらに以前購入した狂牛病、つまり異常構造のプリオンタンパク質も登場させてみた。本当は、リボソームがあると翻訳(mRNAからタンパク質合成の過程)も示せて面白いのだが、現状のGIANT microbesシリーズは分子レベルのモノが狂牛病と抗体しかないのが残念だ。(microbe(微生物)と言っているくらいだから病原菌とかが多い。狂牛病は「病原体」ということで販売することにしたのだろう)最後に、「生命のセントラルドグマ」ということで、私が持っているコレクションで登場させたいモノ(人?)があった。セントラルドグマの提唱者、フランシス・クリックのバブルヘッドである。クリックのバブルヘッド人形なんてマニアックなのをよく買ったね、と思われるかもしれない。実は、コロナ前に行ったCSH研究所ショップで無料で配っていたのだ。大量に作ったが売れずに在庫処分となったのかもしれない・・・。ワトソンークリックと並び立てられるが、ずっと目立っているのがワトソンであることに異議を挟む生命科学者はいないだろう。ちなみに、CSH研究所はワトソンが長年務めている(今も!)ことでも知られている(少なくともコロナ禍前まではCSHLミーティング途中に開かれるピアノコンサートによく来ていた)。とは言え、ある程度分子生物学の歴史を学んだ人なら、クリックの残した功績がワトソンークリックのDNAの二重らせん構造解明に留まらないのはよく知るところだ。その先見性、考察の深さには感服するよりない。以上、米国土産で作成したセントラルドグマであった。実は、ドグマはドグマでも私のライフワークに関係するアンフィンセンのドグマについても、昨年3月の米国出張では実りがあったのだった。次回辺りで報告したい。
2023.01.23
伊藤遥介、茶谷悠平らの成果がNature Communicationsに掲載されました
細胞内のあらゆるタンパク質はセントラルドグマに従ってリボソームで合成されます。つまり、リボソームはどのようなアミノ酸配列でも翻訳する必要があるわけですが、私たち以前、負電荷に富んだ新生ポリペプチド鎖が自らを翻訳しているリボソームを不安定化させて、一部のリボソームが翻訳を途中で終了することを大腸菌で見つけました(Intrinsic Ribosome Destabilization : IRD, 内因性リボソーム不安定化現象と命名)(過去の東工大ニュース参照、2017年Mol Cell、2021年EMBO J.)。今回の論文では、出芽酵母やヒトなど真核生物でも、このIRDによる翻訳途中終了が普遍的に起こりうることを見出しました。さらに、この翻訳途中終了のリスクは翻訳初期に起こりやすいため、タンパク質のN末端領域ではアスパラギン酸やグルタミン酸に富んだ配列が避けられる傾向にあることもわかりました。
本成果の概要は東工大ニュースをご覧ください。
→ 東工大ニュース「タンパク質合成過程での中断リスク「リボソームの不安定化」は、原核生物と同様に真核生物でも見られることを発見」
Nascent peptide-induced translation discontinuation in eukaryotes impacts biased amino acid usage in proteomes.
Ito Y, Chadani Y, Niwa T, Yamakawa A, Machida K, Imataka H, Taguchi H.
Nat Commun. 2022 Dec 2;13(1):7451. doi: 10.1038/s41467-022-35156-x.
PMID: 36460666