「相分離生物学」(白木賢太郎著)の書評(現代化学誌)
 この数年の細胞生物学の最大のホットトピックスは「液-液相分離」である。

 細胞内でタンパク質はいつも均一に溶けて分散しているわけではなく、状況に応じて相分離して、周囲から独立に存在する液滴(ドロプレット)になりうる。
 と書いてもピンと来ないかもしれないが、日常生活で言えば、ドレッシングで酢(水)と油が分離している状態は相分離している状態である。
 サイエンス誌の2018年の「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」の一つのトピックスでもある(→和文解説)。液-液相分離は英語でLiquid-Liquid Phase Separationなので頭文字を取ってLLPSと呼ばれることも増えている。 
  
 この液滴は熱力学的に安定な状態へと相分離してできているだけなので界面に膜はない。このため、細胞内での液滴は「膜のないオルガネラ(Membrane-Less Organelle)」と呼ばれることもある。つまり、脂質膜を持たずに細胞内で隔離された部屋(コンパートメント)を作ることができるのである。液滴はタンパク質だけでできるとは限らず、RNAや他の生体成分を含むことが多い。

 これまで細胞内のタンパク質は溶けているか、アミロイドも含む凝集か、というのが主な存在状態だったと言えるが、そこに液-液相分離でできた液滴もある、ということがわかってきたのだ。この数年、この現象、あの現象、さまざまな生命現象に液-液相分離が適用されることがわかってきた。ということで、細胞内でのタンパク質を研究している人たちにとって相分離現象は今後無視できない状況になっている。

さて、国内で液-液相分離の伝道師として大活躍しているのが筑波大の白木賢太郎さんである。最近、「相分離生物学」を出版して好調な売れ行きだそうだ。
前置きが長くなったが、その書評を「現代化学」2019年11月号に書き、東京化学同人ウェブサイトに全文がpdfで公開されているので紹介したい。

「相分離生物学」(著:白木賢太郎)の紹介ページ
→ 書評「相分離メガネをかけてタンパク質を見直そう」(田口英樹)への直リンク(pdf)



ちなみに私たちのラボでも野島達也博士(中国・東南大学)との共同研究で一つ液-液相分離の研究を今年一つ出している(→ Nojima T et al Biomacromolecules 2019

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これを書きながら思いだした。
今年の「現代化学」にタンパク質の折りたたみやシャペロンなどに関する入門記事「拡がるタンパク質の世界」を執筆したのだった(→現代化学2019年7月号)。生命科学を専門としていない読者向けに丁寧に書いたつもりだ。こちらは記事の内容をウェブでは読めないので、読みたい方はバックナンバーを購入いただければ幸いである。