朝、研究室に行くと私の机に置き手紙と3Dプリンターでの模型が置かれてあった。
このような依頼があったからには、ブログの更新をサボっているわけにはいかない。
(ハートマークがあるが)送り主は卒研生のI君で、この模型はタンパク質の合成装置であるリボソームだ。リボソームは細胞内のタンパク質の合成を一手に引き受けるタンパク質とRNAからなる巨大な複合体である。数十種類のタンパク質と3種類のリボソーム用RNA(リボソーマルRNA)からなる。この造形物は10センチ四方くらいだが、細胞内のリボソームの大きさは〜20nmくらいだ。
総分子量はバクテリアのリボソームで〜250万、真核生物のだと〜450万ということで細胞内で最も大きな成分の一つである(このブログでよく紹介しているシャペロニンGroELも比較的大きなタンパク質複合体だが、分子量は80万ほどである)。巨大なだけでなく、細胞内で最も豊富に存在する成分でもある。右に示したのは
Proteomapsというサイトからの図で出芽酵母の細胞内タンパク質の割合が面積比で示されている。何千というタンパク質がある中でリボソームがいかに豊富に存在するのか一目瞭然だ。
模型に戻り、少し拡大した写真を載せてみよう。
この写真を見てもほとんどの人には何が何だかわからないだろう。
少し解説した図を載せてみる。
次の図は、私が代表を務める「
新生鎖の生物学」のトップページから抜粋したイラストで、模型とだいたい同じ向きになっている。
上側のおにぎりみたいな形の塊が大きい方の60S側となる。60Sと40Sの間にmRNAが挟まる。アミノ酸が結合したtRNAが入ってくるサイトは比較的大きな穴が空いているのがわかる(もう少し詳しく知りたい人はPDBが連載している
「今月の分子(第10回):リボソーム」がいいかもしれない)。
この60Sの大サブユニットには合成されてきた新生ポリペプチド鎖(新生鎖)が通るトンネルが内部にある。この模型ではトンネル内部は埋もれていて見えないが向きを変えるとトンネルの出口に相当する穴が下の写真のようにはっきりわかる。(60S大サブユニットが上に乗っかってる向き)
さて、これまでこのブログのネタの多くはシャペロン(特に7量体のGroEL)やフォールディングを模したパズルだったが、最近研究室ではリボソーム関連の研究が盛んである。シャペロンはリボソームから出てきたばかりの新生鎖のフォールディングを助けるのが機能の基本なので自然な流れでリボソームでのタンパク質合成(翻訳)の研究に流れ着いた。
最近では、新生鎖が伸びる途中で一時停止する現象の普遍性(
Chadani et al., PNAS 2016,
日本語解説)や、新生鎖によっては自らの翻訳を途中で終わらせるはたらきがあること(
Chadani et al., Mol Cell 2017,
日本語解説)を見つけたところだ。
というわけで、リボソームの模型は3Dプリンターが導入された直後から作りたく、担当の学生に造型をお願いしていたのだがこれまではできていなかった。理由としては、リボソームの立体構造がデータ量があまりに大きく、プリンター用のフォーマットに変換できない、ということだった(と思う)。今回、卒研生のI君は果敢にもリボソームの打ち出しに挑戦し、トラブルも多々あったが、このように成し遂げてくれた(しかも、卒研発表の前々日に・・・) 。嬉しいことである。
ところで、60Sと40Sが合わさったリボソームがなぜ80Sなのか不可解、というか、生命科学者は足し算もできないのか、と思う方もいるかもしれない。(ちなみに80Sは真核生物のリボソームであるがバクテリアでは50Sの大サブユニットと30Sの小サブユニットが合わさって70Sと、やはり計算が合わない)
この60Sや40Sの “S”は超遠心分析の際に用いられる沈降係数のS値(スベドベリの”S”)である。遠心分離の際に速く沈降するほどS値が大きい。このS値は分子量だけでなく分子の形状(球状か棒状かなど)にも依存するので、60Sと40Sの複合体が80Sというようなことが起こるのである。
ということで、この先もさまざまなタイプのリボソームが3Dプリンターで打ち出されることだろう。楽しみである。