前回のブログで、米国土産で作った「セントラルドグマ」を披露したが、その後さらに少し「拡張」していたのだった。
リボソームやシャペロン(シャペロニンGroEL/ES複合体)の3Dプリンタ模型があったのでそれを置いたのだ。
さて、私の専門分野は、タンパク質がリボソームでポリペプチド鎖として産まれてきてから立体構造形成(フォールディング)するところである。このタンパク質フォールディングに関しては、「アミノ酸配列がタンパク質の立体構造を決定する」というタンパク質科学の前提となる基本原理がある。この基本原理は「タンパク質は自発的にフォールディングする」、「タンパク質は自由エネルギー最小の構造にフォールディングする」などさまざまな言い換えがあるが、本質は同じだ。まとめて、Anfinsenのドグマと呼ばれている。
このドグマの確立に貢献した実験は1950〜60年代に行われた今考えるとシンプルな実験である。尿素で完全に変性させた酵素タンパク質(RNase)を透析したら変性前と全く同じ酵素活性になったことが証明されたのだ。この実験を主導して行ったのがChristian AnfinsenだったのでAnfinsenのドグマと呼ばれるようになった。
前置きが長くなったが、NIHの本館のようなビルの展示コーナーで予期せず、「Anfinsen」さんに遭遇した。Anfinsenは長らくNIHで研究していて、1950年代ころからタンパク質は自発的にフォールディングするということを実験で証明したのだ(その功績で1972年にノーベル化学賞を受賞)。
思わず嬉しくなって「ツーショット」を撮ったのが以下の写真だ。
このAnfinsenコーナーでは、彼の功績が、実際に使っていたカラムやタンパク質模型などと共に展示されていた。
何度も出しているセントラルドグマにおけるAnfinsenドグマの位置付けを示すと以下のようになる。
さて、実は私が大学院で研究を始めた1989年春、恩師の吉田賢右先生が提示してくれたのが、
(Anfinsenの)ドグマは本当か。
である。そのときの配付資料をもっているので載せてみる。
つまり、タンパク質の可逆的変性ー再生(フォールディング)をHsp(熱ショックタンパク質)が助けている可能性が出てきたので、Hsp研究を始めよう、というものだった。
シャペロンという言葉が使われていないことからもわかるが、セントラルドグマに従ってタンパク質ができると、後は勝手に(自発的に)フォールディングするのだから、今でいうシャペロン的な存在は当時想定されていなかったのだ。(当時シャペロンという概念・用語はちょうど出たばかりでまだ浸透していなかった)
その後、このテーマでのHsp60(バクテリアのGroEL)を好熱菌から精製するところから研究を始めて今に至る。30年以上に及ぶキャリアの研究テーマでシャペロン以外の研究も行っているが、結局はどれもAnfinsenのドグマに行き着く。
シャペロン:当初、あるタンパク質のフォールディングがHsp(シャペロン)に絶対的に依存するなら、Anfinsenのドグマは修正すべきではないかと考えられた。その後の研究で、シャペロンは凝集体形成を防いでフォールディングを助けるのが基本的な役割とわかってきた。つまり、シャペロンはフォールディングに積極的に介入するわけではない、ということだ。とは言え、シャペロン存在下で、フォールディング経路が大きく変化して、自発的フォールディングでは立体構造A、シャペロンがあるとBというようなケースがあるかもしれない。
プリオン:プリオンやアミロイドは元々別の天然構造(もしくは天然変性状態)にあるタンパク質の構造が転換して分子間βシートによる線維状構造(アミロイド)になるという点で、一つのアミノ酸配列から二つの立体構造を取りえる。Anfinsenドグマを「アミノ酸配列はタンパク質の立体構造を一義に決める」と定義すると、それに反する。その考え方がおもしろいと思って1990年代後半から酵母プリオン研究を始めた。
翻訳に共役したフォールディング:Anfinsenが行ったフォールディング実験は完成したタンパク質を変性させてからリフォールディングさせる(Anfinsen型フォールディングとしよう)。リボソームでタンパク質(ポリペプチド)はN末端から順次合成されてくるので、翻訳途上からフォールディングが始まるのであれば、Anfinsen型フォールディングと同じとは限らないのでは?という考え方がある。そこで、試験管内翻訳系(PUREシステム)を使ったりして、翻訳時のフォールディング研究をしている。究極的には同じアミノ酸配列でもコドンの使い方によって翻訳速度が変わって、結果的にフォールディングに影響が及ぶ、という同義置換依存フォールディング研究はこれからの課題の一つだ。
以上、長年憧れ?のAnfinsenさんに遭遇して感激したところから、ライフワークとなる研究の解説までと、思わず長くなってしまった。