マルチファセット・プロテインズ(多面的タンパク質世界)
【従来の常識を超えて拡がる未開拓のタンパク質世界】
ここ数年の間に従来のタンパク質像が大きく変革しています。これまでのタンパク質研究は、リボソームがmRNA内の遺伝子読み枠(ORF)の開始コドンから終止コドンまでを翻訳し、完成したポリペプチド鎖が立体構造を形成して機能するという過程を前提としています。しかし、近年の様々な発見や技術革新によるブレイクスルーから、従来のタンパク質の見方が大きく変化しているのが現状です。例えば、翻訳は、想定されているORFの開始コドンAUGから始まって淡々とアミノ酸をつないで終止コドンで終わるだけではありません。翻訳はしばしばAUG以外から始まったり、翻訳伸長途中で止まったり、途中終了したりするなど、非典型的な翻訳が普遍的であることがわかってきたのです。
非典型的な翻訳は、神経変性疾患に関与する塩基リピート配列から起こる開始コドンAUGに依らない翻訳開始(RAN翻訳)のように病気に関与する場合もあります。関連して、タンパク質をコードしないという定義で命名されたノンコーディングRNAが生理的に意味のあるタンパク質に翻訳される例が続々と見つかってきています。また、質量分析に基づくプロテオミクス解析の技術革新などによってプロテオームを構成するタンパク質のレパートリーは増加の一途をたどっているのです。
さらに、タンパク質はいつもフォールディングして機能するわけではないことも「天然変性タンパク質」という概念が定着したことからもわかります。また、タンパク質は特定の場所・特定の構造状態で機能を発揮するだけではないこともわかってきました。例えば、タンパク質によっては完成前、すなわち翻訳途上で機能を発揮する例が見つかってきていますし、状況に応じて緩く相互作用して液-液相分離して液滴になったりします。
このように、不変と考えられていた「タンパク質の世界」にはこれまで見えていなかった多くの面があり(multifaceted)、我々の認識する世界は拡大し変容しつつあります。すなわち、タンパク質を真に理解するには、タンパク質の合成過程、種類、機能発現様式における従来の常識を疑い、これまで欠けていた新たな視点でタンパク質の世界を再定義していく必要があるということです。
そこで私たちは、拡大し変容するタンパク質の世界を「多面的」な視点で開拓しながら、その実体、分子機構、生理的な意義と制御を明らかにし、タンパク質に基盤を置く生命科学に新たなパラダイムを構築していきます。
より詳しくは実験医学誌で企画した特集「再定義されるタンパク質の常識」の概説に詳しく書きました(無料で読んで頂けます)。
→ 概説「従来のタンパク質の常識を超えて拡がる未開拓のタンパク質世界(田口英樹)」→ 実験医学2019年11月号 (羊土社HP)
【マルチファセット・プロテインズ:拡大し変容するタンパク質の世界】
上記のようなコンセプトを元に2020年度に立ち上がったのが科研費学術変革領域研究 (A)「マルチファセット・プロテインズ:拡大し変容するタンパク質の世界」です。(→領域HP)