プリオン

プリオン:自己増殖して伝播するタンパク質

【プリオンの概念】
 
プリオンとはタンパク質性の感染因子(Proteinaceous infectious particle)のことです。図にあるようにタンパク質の異常型立体構造(これがプリオン)が正常型を自己触媒的に構造変換させることで増殖します。通常は、この「異常型」はタンパク質が分子間βシートを形成して線維状に連なったアミロイドと呼ばれる構造状態になります。プリオンの概念は、哺乳類の神経変性疾患(羊のスクレイピー、クロイツフェルトヤコブ病、狂牛病など)の感染機構を説明するためにPrusinerが提唱したものですが、「タンパク質だけ」で感染・増殖・伝播が引き起こされる、という点でたいへん興味深い生命現象です。

【プリオンとタンパク質科学】
 そもそもタンパク質は最終産物であり、タンパク質そのものが増殖していくことはない、というのが生命のセントラルドグマにおける常識です。しかし、プリオンではタンパク質の立体構造が自己触媒的に変換していきます。プリオンは狂牛病やクロイツフェルト・ヤコブ病などの病気でおそろしいだけでなく、タンパク質科学者にとって常識はずれの現象でもあります。

【酵母プリオン:プリオン概念の拡張】
 さらに、プリオン的にタンパク質の異常構造が伝播していく現象は哺乳類のプリオンだけでなく他の現象にも飛び火しています。その代表例が酵母のプリオンです。出芽酵母のプリオンでは、酵母という扱いやすいモデル生物のおかげで哺乳類のプリオンでは困難な研究が次々と進展し、プリオン現象の理解が進んできました。さらには、プリオン現象の普遍性、生物学的な意義まで議論されるに至っています。

【酵母プリオンを使って知りたいこと】 
 私たちの研究室では、酵母プリオンをモデルとして、プリオンがどのようなメカニズムで成長・増殖・伝播していくのかを分子のことばで説明すべくさまざまな研究を行ってきました。特に、試験管内で酵母プリオンの秩序ある凝集体(線維)がどのようにして形成されていくのか?、また、生きた酵母細胞内でプリオンがどのように伝播していくのかを直接可視化すべく努力してきました。内外の研究が進んだ結果、酵母プリオンの伝播機構の基本的なところは明らかになったこともあり、最近のラボの研究テーマとしては活発に研究を進めていませんが、モデルとして使っていたSup35タンパク質が酵母の栄養飢餓状態で液-液相分離を起こして液滴になることが報告されたこともあり、単量体ーアミロイドの二元論だけでなく、細胞状況によっては相分離をするという点でも今後興味深い知見が予想されます。



【もう少し詳しく知りたい方へ】 
 シャペロニンニュースレターに書いた総説「酵母プリオン線維の構造と成長機構」(pdf 0.5MB)を参照