生命活動を司るあらゆるタンパク質はリボソームでアミノ酸が連結されて合成されます。このタンパク質合成は「翻訳」と呼ばれる生命のセントラルドグマにおける最終ステップであり、リボソームは遺伝子がコードするどんなアミノ酸配列でもタンパク質合成する必要があります。しかし、近年の研究から、リボソームには「苦手」なアミノ酸配列があることがわかってきました。例えば正電荷アミノ酸(リシン、アルギニン)の連続配列、あるいは負電荷に富むアミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)を翻訳すると、リボソームはタンパク質合成を停滞、あるいは途中終了するなど翻訳異常が発生します(負電荷に富んだ配列での途中終了は私たちのラボの発見です Chadani et al Mol Cell 2017など→解説、東工大ニュース)。
本研究では、そのような「難翻訳」配列への対抗手段として翻訳伸長因子ABCFタンパク質が働いていることを新規に明らかにしました。大腸菌などに保持される4種のABCFタンパク質は、それぞれが異なるアミノ酸配列に起因する翻訳異常を緩和、予防する役割を持ち、多種多様なタンパク質の合成を可能にしているものと考えられます。
本成果の概要は東工大ニュースをご覧ください。
東工大ニュース「細胞内で発現しにくいタンパク質の合成を促進する翻訳因子を発見」
論文情報
掲載誌 :
Nucleic Acids Research
論文タイトル :
The ABCF proteins in Escherichia coli individually cope with “hard-to-translate” nascent peptide sequences.
著者 :
Yuhei Chadani*, Shun Yamanouchi, Eri Uemura, Kohei Yamasaki, Tatsuya Niwa, Toma Ikeda, Miku Kurihara, Wataru Iwasaki and Hideki Taguchi*
DOI :
https://doi.org/10.1093/nar/gkae309(フリーアクセス)
細胞内のあらゆるタンパク質はリボソームで合成されます。リボソームはどのようなアミノ酸配列でも翻訳する必要があるわけですが、私たち以前、負電荷に富んだ新生ポリペプチド鎖が自らを翻訳しているリボソームを不安定化させて、タンパク質合成を途中で終了する場合があることを見つけました(Intrinsic Ribosome Destabilization : IRD, 内因性リボソーム不安定化現象と命名)。しかし、なぜ合成が中断されるのか、その分子メカニズムはこれまで不明でした。
本論文では、試験管内での再構成実験などから、合成中断は通常とは異なるメカニズムで新生タンパク質がリボソームから切り離されるか、合成中には作用しないはずのリボソームのリサイクル経路の働きによって引き起こされていることが明らかとなりました。本研究は、岡山大学の茶谷悠平准教授らとの共同研究の成果です。
本成果の概要は東工大ニュースをご覧ください。
→ 東工大ニュース「リボソームがタンパク質の合成を中断する仕組みを解明!」
論文情報
掲載誌 :
Cell Reports
論文タイトル :
Mechanistic dissection of premature translation termination induced by acidic residues-enriched nascent peptide
著者 :
Yuhei Chadani, Takashi Kanamori, Tatsuya Niwa, Kazuya Ichihara, Keiichi I. Nakayama, Akinobu Matsumoto, and Hideki Taguchi
DOI :
10.1016/j.celrep.2023.113569 (フリーアクセス)
昨年3月にアメリカ出張に行った際、NIHに立ち寄った。NIHはNational Institutes of Health(アメリカ国立衛生研究所)の略で、ワシントンDC中心から30分ほどのところにある米国最大の生命科学の研究機関だ。私のような生命科学に携わる人間なら、以前からよく聞く機関で、ポスドクも含めて日本人も多くいる。最近では、アメリカでの新型コロナウイルス対策のヘッドがNIH内のお偉いさんであるアンソニー・ファウチ博士だったので日本のニュースでも名前が流れていた。
NIH内部を案内してもらい、本館みたいなところにあるショップに立ち寄ったらいくつか興味深いモノがあった。一つはファウチ博士のバブルヘッド(頭がぶるんぶるんと動くコミカルな人形)。あちらでのファウチ博士の人気(?)がよくわかる(日本で言えば尾身茂さんのバブルヘッドが売り出されただろうか?)。
もう一つがRNAのぬいぐるみ(?)である。これはGIANT microbesシリーズで、今までもDNAとかプリオン(狂牛病)なんかをCold Spring Harbor(CSH)研究所のショップで購入したことはあるが、RNAは初めて見た。
RNAと言っても、要はメッセンジャーRNA(mRNA)である。一般の方には、RNAはDNAより知名度が劣っていたので以前は商品になっていなかったが、新型コロナウイルスのワクチンでmRNAが使われて、その名が浸透したので売り出したのだと思われる(もしくは前からあったとしても前面に出した)。
既にDNA「ぬいぐるみ」は購入済みだし、タンパク質のおもちゃも多数ある。
そこで、生命のセントラルドグマを作ってみた。
・・・どうでもいい脱線であった。さらにバリエーションを加えてみよう。まずは、私の専門のタンパク質のフォールディングやプリオンを参加させてみた。フォールディングしたタンパク質もいくらでもある。さらに以前購入した狂牛病、つまり異常構造のプリオンタンパク質も登場させてみた。
クリックのバブルヘッド人形なんてマニアックなのをよく買ったね、と思われるかもしれない。実は、コロナ前に行ったCSH研究所ショップで無料で配っていたのだ。大量に作ったが売れずに在庫処分となったのかもしれない・・・。ワトソンークリックと並び立てられるが、ずっと目立っているのがワトソンであることに異議を挟む生命科学者はいないだろう。ちなみに、CSH研究所はワトソンが長年務めている(今も!)ことでも知られている(少なくともコロナ禍前まではCSHLミーティング途中に開かれるピアノコンサートによく来ていた)。とは言え、ある程度分子生物学の歴史を学んだ人なら、クリックの残した功績がワトソンークリックのDNAの二重らせん構造解明に留まらないのはよく知るところだ。その先見性、考察の深さには感服するよりない。
以上、米国土産で作成したセントラルドグマであった。実は、ドグマはドグマでも私のライフワークに関係するアンフィンセンのドグマについても、昨年3月の米国出張では実りがあったのだった。次回辺りで報告したい。
気が付いたら2023年も年の瀬。このブログを1年以上更新していなかった・・・。
定期的に読んでくれている人がどのくらいいるのかわからないが、このブログをもう閉鎖したと思われているかもしれない。ただ、ときおり、会った人からこのブログの感想をもらうこともある。先日40年数年ぶりに会った中学時代の同級生が、このブログを見ていてくれているということで、感激したこともあり、ネタを披露したい。
実はネタはけっこうあるのだ。今回は、卒業生がくれたシャペロニンもどきの容器とメガネ拭きである。まずは、上方からの写真。
これを見て、何だと思うだろうか? 折り紙で7角形をいくつか重ねたような手作りのモノであり、このブログでの定番中の定番のシャペロニンGroELの7量体的なモノであることがわかる。
横から見ると、次のような容器であることがわかる。
真ん中は透明のプラスチックである。つまり、7角形の透明の「筒」がオレンジの折り紙パーツで閉じるようになっている。これだけでシャペロニンGroEL的だと嬉しくなる。
卒業生からの贈り物はこの「筒」だけでなく、驚きのグッズが付属していた。
形状記憶?のメガネ拭きである。赤い方は鶴、青い方はペンギンのカタチをしている。青い方はペンギンがまだ折りたたんでいないので開いている(変性している)。
つまり、これらの「鶴」や「ペンギン」はシャペロニンの基質タンパク質ということで、開いた状態で7量体オレンジシャペロニンの中で振るとフォールディングするというわけである。その過程を図にしてみよう。
「ペンギン」も入れて、写真を撮ったら万華鏡のように美しくなった。
(他にも本ブログのネタになるプレゼントがまだいろいろある。遠からず記事にするのでもう少し待ってほしい・・・)
細胞に熱などのストレスがかかるとタンパク質の凝集体が形成されます。この凝集体は細胞内に蓄積すると毒性を示すため、どのような生物もシャペロンと呼ばれるタンパク質群が凝集体形成を抑えています。シャペロンにはさまざまな種類が知られていますが、低分子量Hsp(small Hsp)は凝集体に自ら取り込まれて、凝集体をほぐしやすくして他のシャペロンが助けやすくするはたらきを持ちます。私たちは、最近大腸菌のsmall HspであるIbpAというシャペロンがタンパク質凝集に取り込まれるだけでなく、自らをコードするmRNAにも結合してふだんは自身の合成(翻訳)を抑制していることを発見していました。
本研究では、IbpAは自身のmRNAだけでなく、他のHspの合成も司る主要な熱ショック転写因子σ32の細胞内での存在量をも制御していることを発見しました。既に合成されたσ32の安定化や分解によって種々のHspの存在量を調節する仕組みは、20年以上前の研究で確立していたと思われていました。今回の発見したIbpAによるσ32の発現制御機構は、従来知られていた仕組みをさらに厳密に調節して細胞が熱ストレスに素早く対処するよくできた仕組みの一環と言えます。
本成果の概要は東工大ニュースをご覧ください。
→ 東工大ニュース「熱ショックタンパク質発現制御の新たな仕組みを20年ぶりに発見ー熱ストレス応答制御因子を「作る前にストップをかける」調節機構」
論文情報
掲載誌 :
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Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(米国科学アカデミー紀要) |
論文タイトル :
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Escherichia coli small heat shock protein IbpA plays a role in regulating the heat shock response by controlling the translation of σ32
(大腸菌の低分子量熱ショックタンパク質IbpAはσ32の翻訳を制御することにより、熱ショック応答を制御する) |
著者 :
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Tsukumi Miwa and Hideki Taguchi
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DOI :
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細胞内の全てのタンパク質は、セントラルドグマにおける翻訳という過程を経て、リボソームで合成されます。近年、リボソームで合成途上の新生ポリペプチド鎖(新生鎖)が、翻訳過程の単なる中間体であるだけでなく、さまざまな生命現象に関与することがわかってきています。また、タンパク質合成量の厳密な制御には、転写過程だけでなく翻訳過程での制御も重要であることも明らかになってきました。しかし、新生鎖の化学的な実体である細胞内の「ペプチジルtRNA」のみを網羅的に濃縮して検出・同定する一般的な方法はありませんでした。本論文では、ペプチジルtRNAがペプチドとRNAの両方の性質を持つことを利用した濃縮法である「PETEOS法」を考案しました。このPETEOS法により、濃縮したペプチジルtRNAを同定し、細胞内の翻訳状態の状態を大規模に捉えることを可能にしました。さらに応用例として、大腸菌の熱ショック応答などでの翻訳状況の変化を確認することにも成功しました。
本成果の概要は東工大ニュースをご覧ください。
→ 東工大ニュース「タンパク質合成途上の新生鎖を網羅的に検出する手法の開発」
論文情報
掲載誌 :
Nucleic Acids Research
論文タイトル :
A method to enrich polypeptidyl-tRNAs to capture snapshots of translation in the cell(和訳:細胞内のタンパク質翻訳のスナップショットを得るためのペプチジルtRNA濃縮手法の開発)
著者 :
Ayako Yamakawa, Tatsuya Niwa, Yuhei Chadani, Akinao Kobo and Hideki Taguchi
DOI: 10.1093/nar/gkac1276 (オープンアクセス)
細胞内のあらゆるタンパク質はセントラルドグマに従ってリボソームで合成されます。つまり、リボソームはどのようなアミノ酸配列でも翻訳する必要があるわけですが、私たち以前、負電荷に富んだ新生ポリペプチド鎖が自らを翻訳しているリボソームを不安定化させて、一部のリボソームが翻訳を途中で終了することを大腸菌で見つけました(Intrinsic Ribosome Destabilization : IRD, 内因性リボソーム不安定化現象と命名)(過去の東工大ニュース参照、2017年Mol Cell、2021年EMBO J.)。今回の論文では、出芽酵母やヒトなど真核生物でも、このIRDによる翻訳途中終了が普遍的に起こりうることを見出しました。さらに、この翻訳途中終了のリスクは翻訳初期に起こりやすいため、タンパク質のN末端領域ではアスパラギン酸やグルタミン酸に富んだ配列が避けられる傾向にあることもわかりました。
本成果の概要は東工大ニュースをご覧ください。
→ 東工大ニュース「タンパク質合成過程での中断リスク「リボソームの不安定化」は、原核生物と同様に真核生物でも見られることを発見」
Nascent peptide-induced translation discontinuation in eukaryotes impacts biased amino acid usage in proteomes.
Ito Y, Chadani Y, Niwa T, Yamakawa A, Machida K, Imataka H, Taguchi H.
Nat Commun. 2022 Dec 2;13(1):7451. doi: 10.1038/s41467-022-35156-x.
PMID: 36460666
理研の田中元雅ラボとの共同研究で行っていた酵母プリオン線維のシャペロンによる脱凝集のメカニズムに関して大きな進展がありました。中川幸姫さん(理研の田中ラボでの研究指導委託学生)の努力によって、酵母プリオンSup35タンパク質が作るアミロイド線維がシャペロン(Hsp104とHsp70/40)によってATP依存で分断されるのか1分子レベルで可視化できたのです。
Nakagawa Y, Shen H C-H, Komi Y, Sugiyama S, Kurinomaru T, Tomabechi Y, Krayukhina E, Okamoto K, Yokoyama T, Shirouzu M, Uchiyama S, Inaba M, Niwa T, Sako Y, *Taguchi, H, *Tanaka M
Amyloid conformation-dependent disaggregation in a reconstituted yeast prion system.
Nat Chem Biol, 18, 321–331 (2022)
doi: 10.1038/s41589-021-00951-y
掲載のみならず、掲載号のNews & Viewsでも取り上げてもらっています。
Sander J. Tans “Picturing protein disaggregation“
Nat Chem Biol 18, pages240–241 (2022)
本成果の概要は東工大ニュースで取り上げてもらいました。
私たちの研究室に興味を持ってくれた学生(東工大学内・他大学ともに)のために、ラボの学生たちが紹介動画を作ってくれました。(Youtube 2:30)
【RFPの変性実験】
GFP実験に続いてRFP(赤色蛍光タンパク質)の変性とフォールディングを見てみましょう。 まず塩酸でpHを酸性にします。
【RFPのフォールディング実験】
酸性にして変性させて無色になったRFP溶液に緩衝液を加えてフォールディングさせてみます。 GFPのときは元と同じように緑になりましたね。 さて、RFPではどうでしょうか?
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赤い色が全然戻りません。代わりに白く濁ったのがわかると思います(青っぽいのは蛍光ではなく照明に使ったブラックライトのためです)。
これはフォールディングに失敗して変性したRFP同士が会合して凝集体になってしまったようすを示しています。 GFP実験ではフォールディングは自発的に進みましたが、いつもそうなるとは限らないのです。そこで凝集を防いでフォールディングを助ける必要があります。シャペロンの出番です。
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