昨年3月にアメリカ出張に行った際、NIHに立ち寄った。NIHはNational Institutes of Health(アメリカ国立衛生研究所)の略で、ワシントンDC中心から30分ほどのところにある米国最大の生命科学の研究機関だ。私のような生命科学に携わる人間なら、以前からよく聞く機関で、ポスドクも含めて日本人も多くいる。最近では、アメリカでの新型コロナウイルス対策のヘッドがNIH内のお偉いさんであるアンソニー・ファウチ博士だったので日本のニュースでも名前が流れていた。NIH内部を案内してもらい、本館みたいなところにあるショップに立ち寄ったらいくつか興味深いモノがあった。一つはファウチ博士のバブルヘッド(頭がぶるんぶるんと動くコミカルな人形)。あちらでのファウチ博士の人気(?)がよくわかる(日本で言えば尾身茂さんのバブルヘッドが売り出されただろうか?)。もう一つがRNAのぬいぐるみ(?)である。これはGIANT microbesシリーズで、今までもDNAとかプリオン(狂牛病)なんかをCold Spring Harbor(CSH)研究所のショップで購入したことはあるが、RNAは初めて見た。RNAと言っても、要はメッセンジャーRNA(mRNA)である。一般の方には、RNAはDNAより知名度が劣っていたので以前は商品になっていなかったが、新型コロナウイルスのワクチンでmRNAが使われて、その名が浸透したので売り出したのだと思われる(もしくは前からあったとしても前面に出した)。既にDNA「ぬいぐるみ」は購入済みだし、タンパク質のおもちゃも多数ある。そこで、生命のセントラルドグマを作ってみた。 キレイにできた。タンパク質は、確かMOMAショップで売っていたネックレスを切ったものだ(ということを講義とかオープンラボみたいなところで披露すると失笑が漏れたり、子供の中には記憶に残ることがあるようだ。ただ、環状のタンパク質がない、というのは実はけっこう深いことなのだ。それこそ、セントラルドグマの仕組みを考えると納得がいく部分もあるが)。 それはさておき、このDNAとRNAを比較すると、性質の違いが見えてくる。そう、DNAは二重らせんだが、mRNAは一本鎖である。あと、この写真から塩基部分についての情報も一部得られるのがわかるだろうか。DNAでは青ー白、黄ー赤(黄赤は隠れているが)がペアになっているということは・・・。DNAのATGCの4塩基の中でT(チミン)はmRNAではU(ウラシル)が使われるから、青:A緑:U白:T黄ー赤:GーCかC-Gのどちらかとわかる。・・・どうでもいい脱線であった。さらにバリエーションを加えてみよう。まずは、私の専門のタンパク質のフォールディングやプリオンを参加させてみた。フォールディングしたタンパク質もいくらでもある。さらに以前購入した狂牛病、つまり異常構造のプリオンタンパク質も登場させてみた。本当は、リボソームがあると翻訳(mRNAからタンパク質合成の過程)も示せて面白いのだが、現状のGIANT microbesシリーズは分子レベルのモノが狂牛病と抗体しかないのが残念だ。(microbe(微生物)と言っているくらいだから病原菌とかが多い。狂牛病は「病原体」ということで販売することにしたのだろう)最後に、「生命のセントラルドグマ」ということで、私が持っているコレクションで登場させたいモノ(人?)があった。セントラルドグマの提唱者、フランシス・クリックのバブルヘッドである。クリックのバブルヘッド人形なんてマニアックなのをよく買ったね、と思われるかもしれない。実は、コロナ前に行ったCSH研究所ショップで無料で配っていたのだ。大量に作ったが売れずに在庫処分となったのかもしれない・・・。ワトソンークリックと並び立てられるが、ずっと目立っているのがワトソンであることに異議を挟む生命科学者はいないだろう。ちなみに、CSH研究所はワトソンが長年務めている(今も!)ことでも知られている(少なくともコロナ禍前まではCSHLミーティング途中に開かれるピアノコンサートによく来ていた)。とは言え、ある程度分子生物学の歴史を学んだ人なら、クリックの残した功績がワトソンークリックのDNAの二重らせん構造解明に留まらないのはよく知るところだ。その先見性、考察の深さには感服するよりない。以上、米国土産で作成したセントラルドグマであった。実は、ドグマはドグマでも私のライフワークに関係するアンフィンセンのドグマについても、昨年3月の米国出張では実りがあったのだった。次回辺りで報告したい。
2021.05.12
目で見るRFPタンパク質フォールディング実験
2023.08.02
三輪つくみの成果がPNAS誌に掲載されました。
細胞に熱などのストレスがかかるとタンパク質の凝集体が形成されます。この凝集体は細胞内に蓄積すると毒性を示すため、どのような生物もシャペロンと呼ばれるタンパク質群が凝集体形成を抑えています。シャペロンにはさまざまな種類が知られていますが、低分子量Hsp(small Hsp)は凝集体に自ら取り込まれて、凝集体をほぐしやすくして他のシャペロンが助けやすくするはたらきを持ちます。私たちは、最近大腸菌のsmall HspであるIbpAというシャペロンがタンパク質凝集に取り込まれるだけでなく、自らをコードするmRNAにも結合してふだんは自身の合成(翻訳)を抑制していることを発見していました。
本研究では、IbpAは自身のmRNAだけでなく、他のHspの合成も司る主要な熱ショック転写因子σ32の細胞内での存在量をも制御していることを発見しました。既に合成されたσ32の安定化や分解によって種々のHspの存在量を調節する仕組みは、20年以上前の研究で確立していたと思われていました。今回の発見したIbpAによるσ32の発現制御機構は、従来知られていた仕組みをさらに厳密に調節して細胞が熱ストレスに素早く対処するよくできた仕組みの一環と言えます。
本成果の概要は東工大ニュースをご覧ください。
→ 東工大ニュース「熱ショックタンパク質発現制御の新たな仕組みを20年ぶりに発見ー熱ストレス応答制御因子を「作る前にストップをかける」調節機構」
論文情報
掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(米国科学アカデミー紀要)
論文タイトル :
Escherichia coli small heat shock protein IbpA plays a role in regulating the heat shock response by controlling the translation of σ32
(大腸菌の低分子量熱ショックタンパク質IbpAはσ32の翻訳を制御することにより、熱ショック応答を制御する)
著者 :
Tsukumi Miwa and Hideki Taguchi
DOI :
10.1073/pnas.2304841120